ボチボチ小作日記

この日記は フィクションです

a-ha - Summer Moved On

夕方の駅前で、下を向いてじーっと立ってる7~80代の男性がいた。

なにしてるんだろう、服装や立っている姿勢、ただ単に項垂れているのではなく、意図的に下を向いているらしい雰囲気から、「まよいびと」では無いようだと思いつつ、ゆっくり近づく。

その駅は最近新しく歩道の工事をしたばかり。この夏のあいだも断続的にあちこちが通行止めになっていて行く度に歩く経路が違った。

限られた駅前の土地を苦心して「イマドキのエコな感じ」にしようとしているような頑張ってる感のレイアウト。歩道の脇には芝生スペースを作ったようだ。ヒョロヒョロの樹も植えてあって、その内木陰になるのだろうか。

男性は、工事のプレハブをバックに、組まれた工事用パイプから自然な距離をとる事をせず、ヒョロ樹と歩道のヘリのあいだに、橋渡しのような位置と方向で立って、足元の一点を見つめている。

私より頭ひとつ分下にある男性の帽子を被った後頭部の脇を通り過ぎながら、さりげなく上から覗き込むと、その足元には蝉がいた。

死んでいるのかと思ったが、微妙に、ごく微妙に動いている。蟻が運んでるにしてもゆっくり過ぎるスピードで。

運ばれていたのでなくて、蝉は自力歩行をしていた。まだ。

舗装された歩道から、ヘリを乗り越えて、まだ定着しきらない芝生を貼り付けて格子縞になっている土に向かって。

 

死ぬんだ。

蝉の生態には全く詳しくないが、一週間前にこのヒョロ樹の足元から出てきたとは考え難い。どこかから来たんだろう。

私には雄か雌かもわからない。こんなところにパートナーとかいそうも無い。タスクを果たしてから迷子になったと思いたいところだが、わからない。きっと繰り返し蝉を追った記憶を持っているんであろう男性にはわかるのだろうか。

なるべくゆっくり歩き過ぎるあいだ、もうあと1センチを切っていると思われる土へ到達するのは無理だった。私は諦めて前を向き自分速度の自力歩行を再開する。

男性はじっと立って下を向いたまま。最後まで見届けるつもりなのだろう。私の視線には気づかなかったようだ。